■ 盛夏祭宴 / ギャラ  ——それは、翡翠の唐突な一言から始まった。 「志貴さま。お祭りに行きましょう」 「…………。  何ていうか、いきなりだな、翡翠」  割と爽やか風味な日曜日。起き抜け早々に素敵な 発言をぶちかまして下さる翡翠に冷たい視線を浴び せつつ、俺はゆっくりと体を起こした。  こーゆー時にやるべきことは、一つしかない。  おもむろに手を伸ばした俺は、翡翠のほっぺたを 引っつかみ——  ……うにー。 「剥がれない……ということは、琥珀さんじゃなく てモノホン翡翠かっ!?」 「エメラルド・スプラアッシュゥゥゥゥッ!!!」 「ぎゃあああああああああああああっ!?」  その瞬間、翡翠の両手の間から飛び出してきた緑 色の破壊エネルギーが、俺の全身をめった打ちにし ていた。  ……って、いつの間にスタンド使いになりました か翡翠さんッ!?  しかもジョ○ョっぽく『ゴゴゴゴゴ……』などと いう擬音が背後に浮かんでるのですがッ!?  ——右ですか左ですかオラオラですかッ!? 「レロレロレロレロレロ……」 「……って、もしかしてレロレロですかーっ!?」  いや。冷静に考えたら、挑発されたくらいで何で 慌ててるのか、我ながらよくわからないけど。  とりあえず、挑発された以上は挑発し返すのが格 ゲーマーの礼儀というものであろうことかな。  いや、多分。  というわけで—— 「おまえは次に……『おはようございます、志貴さ ま』と言うっ!」 「おはようございます、志貴さま……はっ!?」  ……ノリがいいな、翡翠。  ていうか、本気で琥珀さんじゃないんだろーかと 不安になってみたりもするんだが。いや、琥珀さん ならスタンドの一匹や二匹飼ってても不思議はない し。  デ○オだって、琥珀さんなら喜んで仲間にするだ ろーし。 「……志貴さま。失礼ですが、わたしは純度百パー セントに本物の翡翠です。  そもそもわたしと姉さんは双子なんですから、顔 を引っ張っても無意味だと思いますが」 「いや、そうでもないぞ」 「とおっしゃいますと?」  だってほら、琥珀さんならモノも言わずに刺して きそーな印象があるし。  刺したら琥珀さん、刺さなかったら翡翠、という のは割と正答率の高い判断方法だと思うのだがどー だろーか。  問題は、こんなこと考えてると琥珀さんに知られ たら、どんな目に合わされるか分からないことだけ ど。  多分、死ねる。  俺が殺したネロ・カオスよりも完膚ないよーな無 惨な死に方で。横溝某も真っ青だ。 「……いや、まあ、それはともかく……そうだ!  翡翠、なんでスタンドなんか使えるんだ? ひょ っとして、それも共感者の能力とかそういうの?」  ……我が発言ながら、何がどう共感してるのかは まったく不明だが。 「いえ、単にわたしが出向先で学んだだけです」 「……出向先?」 「はい。メイドとしての心得を学ぶべく、花京○メ イド隊に一年ほど」 「○京院メイド隊っ!?」  どこかで聞いたよーな名前だが、でも何かが烈し く間違ってるよーな気もする。  ていうか、どんなメイド隊なんだ、それは。 「メイド界では高名な、由緒正しいお宅です。 ちなみに、決め台詞は『この花○院メイド隊に「失 敗」の文字はないと思っていただこう!』や『さあ、 ご奉仕の時間だ……!』などですが」 「……果てしなくイヤなメイドさんだな、それ」  前にアルクェイドが『わたしもメイドさんになっ て志貴といっしょに住むー』とか言い出したことが あったが、それに匹敵するイヤさ加減だ。  たしかに俺としても『メイドさんは萌えの最終兵 器』という意見には深く頷くところがあるが、間違 っても本気で最終決戦兵器な生き物どもと一緒に暮 らしたいとは思わない。  ……まあ、よく考えてみれば、このゲームのヒロ インって揃いも揃って最強死刑囚とタイマン張って しかも勝てそうなのばっかりだけど。 (——我ら月姫ヒロインが集まれば、大怪球の一つ や二つっ!)  うん、本気でそんな感じ。  ……けど、法衣バージョンの先輩が口走るとハマ り過ぎてて割とシャレにならないんですが、その台 詞。  きっと二つ名は『カレーなるシエル』とかそんな んだ。他には『猫耳のアルクェイド』とか『秋葉・ ザ・ナイチチ』とか『軍師琥珀』とか『洗脳探偵翡 翠』とか…… 「……志貴さま、何事か素晴らしく失礼な思索にふ けっておいでではありませんか?」 「ナ、ナンノコトデスカ翡翠サンッ!?」 「…………」  ああっ!  翡翠の、翡翠の冷たい視線が俺のハートを痛めつ けるっ!?  ……しかし、この程度で怯んでいては遠野家の居 候は務まらない。俺だって伊達にエロゲの主人公を やっているわけではないのだ。  ……有彦とは違うのだよ、有彦とはっ!  と、ゆーことで。 「おはよう、翡翠」  などと言いつつ、百万ルーブルの笑顔を浮かべる 俺。ちなみにフェロモンは通常の三倍くらい出てい たりもするのだが。もちろん、窓から差し込む朝日 をバックに、三段逆スライド表示で振り返ることも 忘れない。  ついでに、歯をきらーんと光らせてみたり。 「……はい。志貴さま、おはようございます」  まだちょっと疑わしげな目つきだったが、翡翠は とりあえず追求を諦めてくれたらしい。  さすがだ、俺。  伊達に『フェロモンたれ流し魔物ハンター』と呼 ばれているわけではないとゆーことだ。バンコラン もご照覧あれ。  ……問題は、普通のオンナノコにもてた記憶がカ ケラほどもない、ということだが。  『まともでないものを呼ぶ目』は諦めても、『ま ともでないヒロインを呼ぶフェロモン』はちょっと 悲しい俺である。  健全な男子高校生として。  と、俺がそんな後ろ向きな思考に填っている間に も、翡翠は言葉を続けていたらしい。 「ところで、志貴さま。秋葉さまと姉さんと人外生 命体が二つほど居間でお待ちですので、着替えられ たら降りてきていただけますか?」 「人外生命体?」 「自称吸血鬼の猫又八百歳と、自称吸血鬼ハンター のアンデッド・キレンジャーですが」 「なるほど、分かった」  さすがは翡翠、なかなかうまいことを言う。  ……間違っても本人たちの前では口に出せないが。  特にシエル先輩は『キレンジャー』という単語に トラウマがあるらしく、そう呼ばれると暴れ出す傾 向がある。かと言って『カレーパンマン』と呼んで もダメなのだから、女心は複雑だ。 「そういうことなら、できるだけ急いで着替えるよ。 だからあの二人を止めておいてくれ。できれば息の 根まで」 「……物理的に不可能かと存じます」  ……やっぱりそーか。  :  :  : 「おはよう、琥珀さん。それから秋葉。ついでにア ルクェイドとシエル先輩」 「おはようございます、志貴さん」 「おはようございます、兄さん」 「……なんでわたしが『ついで』ー?」 「ていうか、最近の遠野くんってわたしにやけに冷 たくないですか? この老いぼれ偏執的猫耳吸血鬼 はともかく」 「……先輩とアルクェイドが破壊したウチの東棟を 修復してくれれば、すぐにでも優しくなりますよ」 「……ごめんなさい……」  俺の呟きに、あっさりと陥落するシエル先輩。さ すがに他人の家を粉砕したことを恥じるくらいの良 識は残っているらしい。  賠償するくらいの財産は残ってないらしーが。  ……が、ここには、そーゆー常識を持ち合わせて いない生き物様が約一匹いるわけで。 「むー……過ぎたことをいつまでも怒ってるなんて 男らしくないわよ、志貴!」  いや、そんな逆ギレされても。 「だいたい、家が欲しいんならわたしが住んでる古 城に来たらいいって言ってるじゃない。こんなウサ ギ小屋よりずっと広いんだってば」 「……何がウサギ小屋ですって!?」  落ち着け、秋葉。なんか髪が赤くなってるぞ。 「それに、空想具現化で造った建物だから、内装だ って思い通りだし。なんならテレビだって付けるわ よ? シ○プリも朝まで生○レビも見放題よ?」  むぅ。それはちょっと心が動くかも。 「G−○asteだってここが○だよ日本人だって 見れるし」  いや、それはいらん。  ていうか、夏コミの時期まで続いてるのか、この 辺りの番組。  いや、どーでもいい話だが。 「それくらいウチだって見られます!」 「そうですっ!」  秋葉に続いて、琥珀さんまで参戦。  さすがに遠野家唯一のテレビ保有者として黙って はいられなかったらしい。 「ちゃんと衛星放送だって見られるんですからね!  N○Kの受信料は払ってませんけどっ!」  ……払ってなかったのか、琥珀さん。 「はー、でも衛星アンテナがあるのに、よくN○K が納得してくれましたねー」 「そこはそれ、こちらには洗脳探偵翡翠ちゃんがい ますから。……シエルさんもそういう方法じゃない んですか?」 「あはは、恥ずかしながら。あ、そう言えば、そろ そろ国民年金払ったことにしておかないといけない んでしたっけ」 「あれって、毎月だから大変なんですよねー」 「そうなんですよ。まとめ払いしたことにしようか とも思うんですけど、派手に動いて足がついたら大 変ですからねー」  ……税務署のおにいさーん。ここに犯罪者が二人 ほどいますよー。 「ちなみに、志貴さん。口外したら大変なことにな りますから黙っててくださいね。……大変なことに なるのは主として志貴さんの生命健康ですから、無 理にとは言いませんけど」 「ナ、何のことですか琥珀さんッ!? やデスネェ、 ボクは何も知りませんし喋りませんトモッ!」  つーか、エスパーですかあんたはっ!?  無断で人の心を読まないでいただきたい。……い や、琥珀さんならアリのような気もするけど。 「……志貴って、勇敢なのか軟弱なのか時々分から なくなるわよねー」 「兄さんは基本的に軟弱だと思いますけど?」 「でも、ベッドの中では野獣ですよ? わたし、志 貴さんは有馬のお宅でAV男優でもしてたのかと思 いましたもの」 「ていうか、下半身は別人格、って遠野くんのため にあるような言葉ですよねー」 「……そーなの? 人間の男って大体あんな感じな のかと思ってたんだけど」 「あー、それはないです。遠野くんはかなり特殊な 趣味嗜好の持ち主ですから」 「……シエル先輩。人のことを東京ビッグサイトに 群がる人間のよーに言わないでくれないか」  たしかに俺が眼鏡ッ子から貧乳、パツキン巨乳に メイドさんまで幅広い嗜好を持っていることは否定 しないが、そーゆー願望は男なら誰でも持っている ものにすぎない。  ……多分。 「でも、わたしとしては、初めてでお尻はどうかと 思うんですけどねー」 「……志貴さん、そんな趣味があったんですか? やっぱり幹久さまのお子さんですねー」  なんかすごいイヤな言い方なんですけど、それ。 「お父様もそういう趣味だったの、琥珀?」 「幹久さまはもっとすごかったですよー。筋金入り のMの方でしたから、よくわたしの調合した毒薬と か飲んで喜んでらしたものです」 「なるほど、お父さんがMでお兄さんがS、でもっ て遠野くんはフェチということですね。……なんか 綺麗にまとまってますね」 「それが遠野の血の力ですから」 「志貴さま、そうだったのですか……」 「えっと……よく分かんないんだけど、よーするに 志貴はヘンタイだってことでいいの?」  無理矢理まとめるな、アルクェイド。 「はい、そういうことですよー」  それから肯定するな、琥珀さん。 「……誰が変態フェティシズムだっ!?」 「え? だから、志貴」 「断じて違うっ!」 「えー」  心底意外そうな顔をするアルクェイド。  腹の立つことに、他の面々も同じよーな表情をし ていたりするし。貴様ら、人のことを何だと思って おられますか。 「だから、ちょっとSの気のある特殊な趣味の人、 ですけど」 「だから人の心を無断で読まないでくださいっ、琥 珀さんっ!」 「えー」  ……神さま。ボクが何か悪いことをしたのでしょ うか? どーして一人としてまともな性格の持ち主 が俺の周りにはいないんでしょーか? 「じゃあ、詳しい人に聞いてみましょうか?」 「え?」 「だから、遠野くんが普通の人なのか変な人なのか、 客観的な判断を仰いだらどうか、ということです」 「……いや、シエル先輩。詳しい人って言われても そんな心当たりってあるのか?  あ、一応言っとくけど、有彦はアテにできません よ? あいつはふくらはぎフェチですから」 「……志貴さま。そんな設定を勝手に付け加えて怒 られませんか?」 「大丈夫。怒られるなら、ここまでで十二分に怒ら れるだろーし」  怒られるどころか、刺されそうな気もするが。  今のうちにフリーメールでも取得しておいた方が いいのかもしれない。安全面の問題から。 「ああ、それなら大丈夫です。もっといい人を知っ てますから」 「さすがシエルさん。経験豊富な大淫婦は交友関係 も素敵ですねー」 「……琥珀さん。後で校舎裏とか邸の裏庭とか、人 気のない所まで来てください。話がありますから」  表情を変えないまま淡々と語るシエル先輩。そし てにこやかに頷く琥珀さん。  なんか果てしなく怖い光景なんですけど、これ。 「姉さん……」  ほら、翡翠も怯えてるし。 「それはともかく、呼んじゃっていいですか?」 「まあ……いいんじゃないかな」  本当はかなり嫌な予感がしてるんだが、ここで拒 むのも俺が変態だと認めるみたいでしゃくに障る。 ……まあ、まさかネロ・カオスとかロアが出てくる わけでもないだろうし、大したことにはならないだ ろう。  ……自分で言ってて白々しいけど。 「では、カムヒア・ダイ○ーン3ー!」  あー、そう言えばフランスかどっかで流行ってる って噂だったっけ。  シエル先輩が片手を上げて叫んだ途端、窓ガラス の割れる音が高く鳴り響いた。ちなみに、その後ろ で翡翠の悲鳴と秋葉の怒声も聞こえていたりする。 「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!  おはようからおやすみまで、一年三六五日志貴く んを観察する、愛の戦死弓塚さっちんでーすっ!」  …………。  さすがに、一同沈黙。  ていうか、弓塚。その『愛の戦死』って本気で笑 えないんだが、きみの場合。  窓から飛び込んできた弓塚は、やたらハイテンシ ョンにくるくると回りながら踊っている。  そのテンションに反比例するかのよーに、ひたす ら盛り下がる俺と五人娘。  ……しばらく踊り狂った挙げ句、ようやく弓塚も その場の空気に気がついたらしかった。 「……あれ? あれあれ?  みんな、なんだか元気ないよー?」 「いや、そーゆー問題でもないんだが」  無駄と知りつつ、反射的につっこんでしまう俺。 「あ、志貴くん。おひさしぶりー」 「ああ、久しぶり……弓塚は元気そうだね?」  ていうか、むしろ病気っぽいが。  それも、黄色い救急車に連れていかれるよーな類 の。 「うんっ。吸血鬼にされた時はもうダメかって思っ たけどね、通りすがりの王大人が中国四千年の漢方 医術で治してくれたの」 「……うそッ!?」  にこやかに言う弓塚の言葉に、アルクェイドが目 を丸くした。  まあ、普通はそーだろう。 「まあ、中国四千年じゃ仕方ないですね」 「そうですねー、王大人なら何でもありですから」  一方、秋葉と琥珀さんはあっさりと納得したらし い。この辺が、幼少期に民明書房の存在を信じたこ とのある者とない者の差とゆーやつだ。  ちなみに、俺も納得済み。 「……って、なんでみんな納得できるのよーっ!?」  いや、中国四千年に文句を言っても始まらないし。 先行者が中華キャノンを撃つ世界だし。 「安心しろ、アルクェイド。翡翠はお前の味方らし いから」 「……コレハユメダ、ソシテコノオレハダレダ……」  …………。 「……まあ、いい感じに壊れかけてるけど」 「そんな味方、欲しくないわよっ!」 「むぅ、トモダチいない歴八百年のくせにワガママ な」 「でも、志貴さんもご友人少ないですよねー」 「いっしょにしないでくれ、琥珀さん。  俺に友達が少ないのは、『見ている世界の違う相 手と友達になんかなれるのだろうか……!』という 言わば選ばれし者の恍惚と不幸なんだから」  きっとそのうち、同じよーな能力を持った五人の 仲間とエジプトに向けて出発するんだ。いや、時計 台にめり込んで死ぬのは御免被りたいけど。 「……兄さん、今さらジョ○ョ第三部は分かりにく すぎです。時代はストー○オーシャンなんですから」 「いーじゃないか。第三部は俺の青春だったんだか ら。今でもスタ○ド使いの名前、全部言えるんだぞ」 「……いや、それはどうでもいいんですけど。でも 遠野くん、その割に乾くんと仲いいじゃないですか」 「ひょっとして兄さん、友情じゃなくて愛情だった りはしないでしょうね?」 「怖いことを言うなっ! ただでさえ『夢魔がシキ の夢を……』とか『ネロの夢を……』とかいうネタ のSSが溢れかえってるんだからっ!」  ていうか、皆そんなに薔薇が好きなんだろーか。  いや本気で。 「まあ……兄さんがそういう趣味でも、私は気にし ませんけど……」  照れる仕草は可愛いんだが、言ってる内容が破綻 しまくってる秋葉。 「それは、秋葉さんは胸が男性同様だからいいでし ょうけど……」 「わたしたちはねー……」  そして胸を張る、Eカップ二連星。  ……また、余計なことを口走るんだから、この二 人は。 「…………」  ほら、秋葉の目に殺気が漲ってるし。  ——空間を支配する、刺すような緊迫感。秋葉の 髪とアルクェイドの目が、呼応するかのように揃っ て赤さを増していく。  シエル先輩が、腰の後ろに回した手で、静かにナ イフを抜刀。  俺はその様子を視界に入れながら、翡翠と琥珀さ んと並んでゆっくりと体を後ろに動かしていく。  ……でもって。 「えっと……わざわざ甦ってきた挙げ句に無視され てるわたしの立場は?」 「ごめん、ない」  :  :  :  坂の下の家に住むご老人、長田トメさん(85) は後に、この日の出来事を『はー、坂の上の方で何 かおっとろしげなモンが光ってなー。ありゃあ米軍 のピカたらいう新兵器に違いながんべ。太平洋戦争 はまだ終わっとらんかったんじゃ、はぁおそろしや おそろしや……』と語った。  ちなみに本気でガイガーカウンターが反応したら しいが、それは屋敷の地下に何が不法投棄されてい たのかを知る、俺と秋葉と琥珀さんと動燃だけの秘 密である。  ……やけに羽振りがいいとは思ってたんだ、遠野 家って。  :  :  : 「というわけで……」  空には青空。  地には焼け跡。あと何が入ってたのか追求しては いけないドラム缶。  そんな素敵に廃墟と化した遠野家跡地で、翡翠は 俺たち六人を前に話を始めた。 「お祭りにいきましょう、皆さん」  ……やっと本題か。  やたら長い道のりだったよーな気がするのは、俺 の勘違いなんだろーか。 「はーい。翡翠ちゃん先生、質問でーす」  子供のように手を挙げて、元気よく叫ぶ琥珀さん。 「はい、姉さん」 「なんでお祭りなの?」 「お祭りディスクだからです」  はっきりきっぱりと、それが真理であるかのよー に翡翠は言い切った。  『地球はそれでも動いている!』と言ったガリレ オも、『ミイラは立派に生きてるんです!』と言っ た某宗教団体の方々でさえも、ここまでの自信はこ められなかったに違いない。 「お祭りディスクなのですから、お祭りに行くのが 本道というものです。お祭りに行かないお祭りディ スクなど、カニの入っていないカニカマボコのよう なもの。ですから、お祭りに参りましょう、志貴さ ま、秋葉さま」 「えっと、翡翠ちゃん……カニカマボコにはカニっ って入ってないんだけど」 「……そうなの、姉さん?  では、うなぎの入っていないうなぎパイというこ とにしましょう」  翡翠の発言に、秋葉がこっそりと耳打ち。 「……兄さん。うなぎパイって本当にうなぎが入っ てるんですか?」 「いや、俺に聞かれても……」  あんまり入ってない気がするんだが、それを指摘 して『では、まったく民主的でない某鮮民主主義人 民共和国で』とか言われても困る。 「なるほど、確かに翡翠さんの言うとおりですね。 お祭りディスクともあろうものがお祭りに行かない なんて、神が許されるわけがありません」 「ぶーぶー、やだぞー」 「お祭りはちょっと……」  無意味に重々しく頷くシエル先輩と、口を尖らせ てブーイングするアルクェイド。そして、アルクェ イドに追従する弓塚。  どうやら、教会的には翡翠の発言はオッケーで、 吸血鬼的にはダウトらしい。  ……こいつらの行動原理も謎と言えば謎である。 いや、今さら理解したいとも思わないが。 「お嫌でしたら、来られなくとも結構です」  だが、翡翠は吸血鬼二人の抗議をばっさりと切っ て捨てた。 「わたしと志貴さまと秋葉さま、姉さんがいれば十 分ですから。どうかアルクェイドさまと弓塚さまは、 二度と帰ってこられないような秘境の地でお二人平 和にお暮らし下さい。或いは深海とか暗きヒヤデス の彼方とか」  そう翡翠が言った途端。ぷちーん、と何かが切れ る音がした。 「……人気投票三位のくせに、一位のわたしに向か ってよくそんな口がきけるわね……?」 「失礼ですが、アルクェイドさま。二十一世紀はメ イドの時代なのです。アルクェイドさまの時代は既 に終わりました」  冷たい口調で翡翠が告げる。  ……たしかに、彼女の発言にも一理あるのかもし れない。今や時代はメイド萌えだ。それは最近のT Vアニメを見ても明らかではないだろうか?  ハンド○イド・メイしかり、鋼鉄○使くるみしか り。  だが—— 「何よ、花○京メイド隊なんてEDが話題騒然のく せにっ!」 「ぐふっ!?」  アルクェイドの精神的ボディブロー、翡翠に直撃。 あれはまあ……原作ファンでさえ、とりあえずなか ったことにしてるって噂だし。 「——ざくとは違うのだよ、ざくとは」  あー、そこ、シエル先輩。こっそりマニアックな 台詞を呟かないよーに。  ちなみに『ぐふっ!』という擬音は『ざくっ!』 という擬音より一段格上なのだそーだ。さらに上に は『どむっ!』があり、亜流として通常の三倍のダ メージの『ざくっ!』もあったりする。  ……心底どーでもいい話だが。 「……兄さん、どうします?」 「どうするって言われてもな……とりあえず、下手 に手を出すと危ないし静観するつもりだけど」 「翡翠の身が危険じゃありませんか?」 「いや……気にする必要はないさ」  ——そう答えて、俺は顔を空に仰向けた。  穏やかな日差し。こんなちっぽけなことで争って いる自分たちが、とても矮小な存在に思えてくるよ うな、果てしなく青い空。  ふと見れば、俺の隣でシエル先輩も同じように空 を見上げていた。俺と同じような、何かを悟ったよ うな穏やかな表情で。 「だって——」  ——そして、俺は静かに呟く。 「——アルクェイドの空想具現化ってマップ兵器だ から、俺たちも巻き込まれるし」  直後。本日二度目の爆発。  :  :  : 「……というわけで、お祭りの会場にやってきたわ たしたちなのです」 「翡翠? 誰に向かって説明してるの?」  ていうか、さっきからこのパターンの展開が多い ような。 「そうですねー。翡翠さん、執筆者のお気に入りだ ったりするんでしょうか?」 「いえ、それはありません。執筆者のお気に入りは シエル様だそうですから」 「え……えーっ!? そうなんですか? うわ、で も、まさか……はぅ」  シエル先輩が照れている。  ……まあ、先輩も人気ない人だし。第二回人気投 票では弓塚どころか先生にまで抜かれるんじゃない かって噂もあるぐらいに。  それだけに、たまにファンが見つかると嬉しいん だろう、きっと。 「四つ葉のクローバーを見つけたみたいな喜び方で すねー、シエルさんも。  まあ、たしかに突然変異つながりですけど」 「……突然変異?」 「そうですよー。シエルさんのファンなんて、突然 変異のミュータント以外にいるはずないじゃないで すか、志貴さん」  ……琥珀さん、目が笑ってないんですけど…… 「姉さんの言うとおりです。そもそも執筆者は、特 撮ではキレンジャーとレインボーマン、格闘ゲーム ではダルシム、超人ではカレクック、ニアアンダー セブンではコソビニ、ラブホテルではガンダーラを 愛するインドマニアの特殊嗜好者ですから、そうい った問題行動をとるのだと推察されます」  とうとう問題行動呼ばわりですか。  どんな人間でも、翡翠や琥珀さんに行動の正当性 を云々されたくはないだろーに。 「……ねーねー翡翠、そのガンダーラってなに?」 「某県に存在するうさんくさいラブホテルです」 「そんな地域限定ネタ振ってどうするのよ、翡翠」 「問題ありません、秋葉さま。これからは地域密着 時代だと朝まで○テレビで言っていましたので」 「そんなもの、信用に価しません」 「では、国会答弁では?」 「遠野家家長として却下します。あのような憂国の 志を忘れた匹夫の言葉など、信じる必要はありませ ん」 「ヒップってなにー?」 「ていうか、やけに発言が右っぽいぞ、秋葉」  ——そういうネタは色々とヤバいんだから。  そんな気持ちでかけた俺の言葉に、だが秋葉は、 呆れたように目を吊り上げてみせた。 「何を今さら言っているんですか、兄さん……遠野 家は全身全霊で右翼ですよ?」 「へぇ、そうだったのか」  …………。  ……って、ちょっと待て。 「右翼なのか遠野家ーーーーーーーーーーっ!?」  いや、たしかに言われてみれば、食堂に何かそれ っぽい額とかあったような気もするけどっ!? 「もちろんです、遠野家は旧家なんですから」 「ねーねー志貴。うよくってなにー?」 「大丈夫ですよ、志貴さん。必要なことはわたしと 翡翠ちゃんで一から教えてさしあげますから。まず は教育勅語の暗唱からですけど」 「いや、必要なことも何も、え、いや、ちょっと待 ってくれ……頭が混乱して……」  ——秋葉が右翼?  ちょっと想像してみる。 『諸君! 我々の愛した遠野シキは死んだ! それ は何故だっ!? 今こそ私たちは立ち上がらねばな りません! 起てよ国民、ジーク・ニホン!』 『あはは、坊やだからですよー』  ……ハマりすぎっ!? 「志貴さん、志貴さん。それは右翼じゃないです」 「あれ、そうだっけ?」 「兄さん……兄さんの政治への関心がよく分かりま した。呆れて物も言えませんわ」 「志貴さま。差し出がましいようですが、新聞くら いはお読みになった方がよいかと思います」 「うーん、分かってはいるんだけど……」  ここしばらく、日本の運命より自分の体の心配を しないといけない日々が続いてるわけで。そんな人 間に新聞を読め、というのも惨い話なのではないだ ろうか、と主張したい俺である。 「大丈夫だって。わたしも政治情勢なんてあんまり 知らないけど何も問題ないし」  慰めているつもりなのか、アルクェイドがぽむぽ むと俺の肩を叩く。 「って、お前、その国の必要な知識とか学んでから 来るって言ってなかったか?」 「そんな長居するわけじゃないんだし、政情不安定 でもないかぎり政治知識なんていらないもん」  ……それもそうか。  考えてみれば、吸血鬼を狩るのに、その国の大臣 の名前なんか知ってたって何の役にも立つはずがな い。  それ以外のことにも、役に立つのかどーか分から ないけど。 「ちなみに、わたしも全然知らないよ」  弓塚。現役高校生としてそれはどーかと思うのだ が。 「だいじょーぶ。今のわたしは吸血鬼だし。妖怪人 間、とかって言ってみるとカッコいいよねー?」 「いや、そんなことで同意求められても」 「わたし、子供の頃ベラって好きだったんだぁ」  よっぽど『妖怪人間』というフレーズが気に入っ たのか、ノリノリの弓塚。 「あはは、早くヒロインになりた〜い」 「弓塚、それって禁句——!」  ——ずだんっ! 「きゃ……!」  ——ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!  ——ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!    ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!    ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!    ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!    ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!    ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!    ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!    ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!    ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!    ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ!    ずだんっ! ずだんっ! ずだんっ! 「…………」  キレのいいリズムに合わせて、火薬の炸裂音と鋼 が肉を貫く鈍い音が連打する。声もなく見つめる俺 たちの前で、シエル先輩は汗の雫をきらきらと光ら せながら、 「ふぅ……いい汗をかきました」  ……いや、そんな爽やかに言われても。  ていうか、弓塚、第七聖典でハチの巣になってる んですけど。 「うわ……相変わらずえぐいわねー、シエル」 「あ、今思いついたんですけど、今晩のおかず、ハ ンバーグなんかいかがですか?」  何を見て思いつきましたか、琥珀さん。 「それもいいけど、ミートグラタンもいいわね」  だからお前も何から連想したのか、秋葉。 「それよりも、皆さま。早くこの場から立ち去りま せんと、わたしたちが殺人犯と間違われる危険性が あるように思うのですが。……特に、前科のある志 貴さまなど」 「誰が前科者だっ!?」  殺人犯の方は否定しないが。  そもそも、この場にいる六人って、手が真っ赤に 汚れた奴ばっかりだし。  俺=アルクェイド殺害。(あと琥珀さんシナリオ で大量虐殺っぽい)  アルクェイド=死徒殺しまくり。  シエル先輩=吸血鬼殺しまくり。  秋葉=琥珀さんシナリオで夜な夜な人殺し。  琥珀さん=幹久とか色々。間接的に殺しまくり。  翡翠=唯一殺さず。でも琥珀さんに消極的協力し てたっぽいから共犯者。  ……改めて並べてみたら、最低人間揃いだという ことがよく分かる。割とこの世にいない方がいい存 在なのだろーか、俺たちって。 「まーまー、長い人生、そんなこともあるってば」 「そうですよ。それにわたしの場合、神さまのため ですから割とオッケーですし」 「私も遠野家長としての務めですし……人間、運命 の荒波には逆らえないものですから」  こういう時だけ気の合う、外道トリオ。 「それにほら、近代法では発覚しなければ罪にはな りませんから。志貴さんも気に病むことはありませ んよ」  悪魔のような慰めをありがとう、琥珀さん。気だ けでなく、何故か肩まで重くなったような気がする けど。  ……今度、宜○愛子にでも見てもらおう。最近全 然見かけないけど。 「とりあえず志貴さま、後のことは逃亡中に考える のがよろしいかと」 「ん、そうだな」  かくして、そそくさと逃げ去る俺たちであった。  ——ちなみに灰になった弓塚、おいてけぼり。  許せ、弓塚。成仏しろよー。 『できるわけないよっっっ! こうなったら志貴く んにとりついてやるんだからっ!』  いや、今さら怨霊の一匹や二匹増えたところで、 どーってこともないんだけど。  :  :  : 「……というわけで、そろそろこのフレーズも飽き てきましたが、場所移動です」  うん、俺も飽きてきた。  ……それはともかく、俺たちが今いるのは、翡翠 言うところのお祭り会場の入り口前……らしい。  らしいと言うのは、辺りの雰囲気があまりお祭り っぽくないせいなのだが。 「……なあ、翡翠。本当にこんなところでお祭りが あるのか?」 「はい、志貴さま。……そうでなければ、これ程の 人が集まると思われますか?」 「それはそうなんだけど……」  ぐるーっと周りに視線を向ける。  そこにいるのは、見渡すかぎりの人、人、人。つ いでに人とは認めたくないよーな臭そうな生命体。 「……どっちかって言うと、何かの宗教とかサバト とか、そんな感じなんだけど」 「おおむね同じようなものです」 「ていうか、遠野くん。お祭りって基本的に宗教で す」  それもそうか……って、ちょっと待った。 「とすると……まさか、このお祭りディスクにも何 らかの宗教がっ!?」 「ええーーーっ!?」 「本当なんですか、キ○ヤシさんっ!?」  キバ○シ違う。 「ああ……俺も信じられない。だが、そう考えれば 全ての辻褄が合うんだ……ノストラダムスの予言を 思い出してくれ!」  ちなみに、今の俺の顔は激しくM○R調。  皆さんにお見せできないのが残念だ。 「そう……これが神の審判を意味する、人類支配計 画なんだよっ!」 「そんな……私たちには何もできないって言うんで すか、兄さんっ!?」  お嬢様学校のくせに、何故かこのノリに適応して いる秋葉。  ……その一方、アルクェイドとシエル先輩の二人 は目を点にして俺達を見守っていたりする。さすが に、外人さんにM○Rのノリは辛かっただろーか。  いや、日本人にとってもかなり辛いが。 「いや、諦めるのはまだ……」 「あのー、志貴さん志貴さん」  ノリノリで続ける俺の肩を、ちょいちょいと琥珀 さんがつつく。 「……って、何ですか、琥珀さん? 今いいところ なんですけど」 「志貴さん、そろそろ話を進めませんか? このま まだと、タイトルに偽りありだーってJAROに訴 えられちゃいますよ」 「JAROは困るじゃろー?」 「…………」 「うきゃあああああああああっ!?」  余計なことを口走ったアルクェイドの体を、とり あえず17分割。森も鳴かずば撃たれまいに。  ……いや、何かがびみょーに間違ってる気もする が。モチロン、ここでの『森』は雉のいっぱい住む 森林を指しているだけで、他意はまったくありマセ ンヨ!?  いや、ホントに。七夜一族ウソつかない。 「……その割に、私を騙してばっかりでしたけど、 兄さんは」 「妖怪人間は例外とします。特に胸囲が平均的人類 からかけ離れた方々は」 「……兄さん、自殺願望があるのでしたら、いつで も遠慮なく仰ってくださいね……?」 「ごめん、秋葉。俺が悪かった」  首に髪を巻き付けられた途端、あっさりと謝る俺。 プライドはどこに消えたのか、との疑問をお持ちの 方々には、シキが共融ついでに全部持っていってし まったのだとゆーことで納得していただきたい。  俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。まだ まだ果たさなければいけない野望があるのだ。  ……具体的には、アルクェイドの尻とか秋葉の尻 とか琥珀さんの尻とか翡翠の尻とか。 「……それしかないんですか、遠野くんは」  うん、割と。  :  :  :  ——色々あって、よーやく会場内。 「なんか……本気で疲れはてた気がするなー……」  しかも、会場内は臭くて熱くて人が多い。夢の島 でメタンガスを生産してる時の生ゴミの気持ちが、 ちょっとだけ分かったような気がする俺である。  本当に、何のお祭りなんだか。  さっきちらっと見えた看板には、『コミックマー ……』とか書いてあったみたいだけど。  深く追求すると不幸になりそうな気がするので、 とりあえず忘れておく。 「しかも、アルクェイドもシエル先輩も誰もいない し……」  鬼のような人混みの中で、いつの間にやらはぐれ てしまったらしい。シエル先輩だけは、第七聖典の 持ち込みを咎められて拘束されてたみたいだが。  ……まあ、あの人なら大丈夫だろう。警察署に重 火器が配備されるとか、花○薫に出くわすとかしな い限り、刑務所くらい平気で出入りできるに違いな いし。 「あ、志貴さん」 「ん……あ、きみは」  振り向いた先にいたのは、どこかで見たことのあ る女の子だった。  たしか、秋葉の後輩とかいう…… 「AKIRAちゃん?」 「……間違ってませんけど、近未来の都市でバイク に乗ってそうな呼び方はやめてください」 「ああ、ごめん。悪……」 「悪鬼羅ちゃん、とかいう当て字もダメです」 「……未来視されてるっ!?」  ボケを封じるツッコミ……ある意味、月姫世界で 最強の能力の持ち主はこの子なのかもしれない。  いや、対関西人限定で。関西人の死徒とかいたら 圧勝できるだろう、きっと。 「ところで、志貴さんはどうしてここに?」  ……しかも、今の会話を無視して話を進めるとは、 根性の方もなかなかのものらしい。 「うん、実は翡翠にお祭りに行こうって誘われて。 そういうアキラちゃんは?」 「わたしはお買い物です」  と言いながらアキラちゃんは、手に持った紙袋を さりげなく体の後ろに隠した。どうやら、他人には 見せられないような種類の『買い物』らしい。  ちらっと見えた表紙に、裸のロアとシキの姿があ ったような気がしたが……気のせいだろう、多分。 そう信じておくことにする。俺の精神的安定のため にも。 「ふーん……あ、そうだ。アキラちゃん、秋葉とか アルクェイドとか見なかった?」 「秋葉さんは見てませんけど……アルクェイドさん ってどなたですか?」  首を傾げるアキラちゃん。 「ほら、家に来たときに会ったことなかったっけ? 金髪で、色白で……」 「えっと……」 「胸がでかくて、時々猫耳が生えて、実は下着を履 いてないらしーんで学校前でガードレールに腰かけ てたのって実はすごい危険なシチュエーションだっ たんじゃないだろーか、って思うような女」  ……風とか吹いてたら、どーするつもりだったん だか。  ちなみに、今でも下着はつけてない。俺が個人的 な趣味で猛反対してるから。 「……アルクェイドさんの顔は分かりましたけど、 今日は見てないです」 「そうか……ありがとう」 「それから、スカートを階段の下から覗き込もうと 努力するのは止めた方がいいと思います」 「そうか……忘れてくれ」  やっぱり危険な能力だ、未来視。もっとスゴいも のを見られないうちに抹殺しておいた方がいいのだ ろうか。  ……ちょっとだけ真剣に悩んでしまう俺であった。 「あ、でも、お手伝いさんの……琥珀さん、でした っけ? あの人なら見ました」 「琥珀さん?」  琥珀さんか……なんとなく怖い気もするが、一人 でいるよりはマシかもしれない。 「どこで見たんだい?」 「えーとですね……あっちの壁際の方です」 「ふーん。まだいるかな?」 「……どうでしょう? わたしが見たときも、妹さ んといっしょに『翡翠ちゃん、ここでしっかりゲッ トして転がしてお金を稼ぐんだから頑張って!』と 言って走ってましたから……もういないかもしれま せんね」 「……そうか」  ……まあ琥珀さんだし、今さらそれくらいで驚く つもりはないけど。  家族として、後ろから刺されたりしないように祈 っておくことにしよう。 「ちなみにそのときの未来視では、とら○あなが見 えました」 「いや、それはもういいから」  :  :  :  結局、琥珀さんを探すことは諦めて、一人でうろ うろしてみることにした。いくら広いとは言っても 限界知らずなわけでなし、そのうち会えたりもする だろう。……五人とも、色んな意味で目立つ人たち だし。 「さて、どの辺りに行ってみるべきか」  琥珀さんと翡翠が壁周りをしているらしいことは 判明した。……けど、これは間違っても合流したく ない。人として何か大切なモノをなくしそうな気が するから。  秋葉は……なんとなく、JUNE系とか好きそう だな。シエル先輩はカレー本でも探してるに違いな い。アルクェイドは予想不能だが、吸血鬼というこ とで暗く日の当たらないような場所……評論系か? (極めて失礼な発言)  とりあえず、先輩を探してみるか。一番行動が読 みやすいし。 「……む? そこにいるのは、直死の魔眼ではない か?」  ……とか思ってると、いきなり声をかけられた。 「変な呼び方をするのは誰だ……って、涅呂おじさ んっ!?」 「違う」 「……もとい、ネロ・カオスッ!?」  何でこいつがこんな所に!?  ていうか、体半分削れてるんですけどっ!? 「そうではない、人間よ。ネロ・カオスは昔の名。 今の私は、このように体を半ば以上失った身に過 ぎないのだから。すなわち——」  意味もなく偉そうに、カオス(旧名)がコートを 翻した。 「——『かおす6/17』と呼ぶがいい!  はわわわわっ!」  ——思わずカオスの後頭部に椅子を叩きつけた俺 を、責められる者はいないと思う。  ……でも割と平気なネロ・カオス。 「……いきなりひどいではないか、しきちゃん」 「しきちゃんって呼ぶな」 「だが、6/17としてはそのような呼び方をせぬ わけにもいくまい?」 「いいから黙れ、混沌どろどろ露出狂」 「……む」 「だいたい、なんでお前が生きてるんだ? 『点』 を突いて完全無欠に殺したはずなのに」 「決まっているだろう。コミケだからだ」  ネロ・カオスは、さも当たり前のよーにあっさり 言い切った。 「貴様の知り合いにもいるだろうが。コミケとなれ ば墓の中からでも甦ってきそうな連中が」 「いや、それはたしかに否定せんが」  死者と同じよーに目がうつろな連中も多いし。 「……しかし、吸血鬼がコミケにサークル参加する のもどうかと思うぞ」 「何を言う。その程度のことならば他にも、それ」  ネロ・カオスの指が、少し離れたサークルを指す。  嫌な予感、激増。  おそるおそる振り向いた、そこには—— 「——シキとロアーーーッ!?」  貴様らも生きてやがりましたかっ!? 「ん……おお、殺人鬼二号」  二号ってゆーな。  殺人鬼の方は否定できんが。 「何を言ってるんですか、シキくん。古来より技の 一号、力の二号と決まっているんですよ? つまり 二号はあなたです」  そういう問題でもない。 「なにっ!? 俺こそが本家なんだぞ!」 「違いますよ、シキくん。本家はあちらで、あなた は元祖です」  ……何故かまんじゅう屋のよーな扱いを受ける遠 野志貴の立場。  涙も枯れてブルーゲイルだ、俺。  まあ、それはそれとして。 「……お取り込み中悪いんだが、ロア?」 「貴様、また俺を無視する気かっ!?」  シキが騒いでいるが、とりあえず聞こえないふり。  いや、無視とか以前に相手するのが怖いから。色 んな意味で。 「何ですか?」 「いや、前から気になってたんだけど、そんな格好 で恥ずかしくないのかなーって」 「は?」  何のことだか分からない、といった表情で自分の 姿を見下ろすロア。  ……素肌に白衣、がマニアックな服装だという自 覚はカケラほどもないらしい。 「別に、普段着ですけど」 「それが普段着だというのが致命的な問題だと思う んだが」 「何故ですっ!? 私の耽美な雰囲気を最大限に引 き出す服装だというのに! この服装でシキくんに 迫って『ふふ……さあ、私に身体を明け渡してもら いましょうか……』『う……うあ、やめろ! 俺は ……』とかいうやおい本が出ると期待してるのに!」 「いや、無理だろう。人気投票最下位には」 「まだ高田くん×軋間家当主とかの方が可能性はあ ると思うが」 「俺って受けなのかー!?」 「うあーーーーーーーーーーーーっ!?」  口々にツッコミを受け、地に崩れ落ちるロア。背 中を丸めて嗚咽する姿が痛々しい。 「やっぱり、高田くんに負けたっていうのがショッ クだったんだろうなー」 「ふん、情けない。そのような軽薄な服装をしてい るから、無様な姿をさらすのだ」 「いや、服装に関してはお前も他人のことは言えな いと思う」 「なんだとっ!?」  目を剥いて驚くネロ・カオス。  ……どーやら、こいつも自覚症状はなかったらし い。吸血鬼って、変態コスプレマニアの集団だった りするんだろーか。 「私のコートの何が悪いとぬかす、小僧!」 「いや、コートというより、コートの下に問題が」 「コートの下……? 何も着ていないのに問題が生 じるはずがなかろう」  そう言い切れる貴様が素敵です。 「知ってるか? 世間様ではそういうのを露出狂と 呼ぶらしいぞ」 「私のどこが露出狂だっ!」  だから自覚しろと言うのに。 「だって裸にコートだし。しかもコートの下から黒 くて長くて太いものとか飛び出すし」 「間違ってはないが、やけに下品な言い方だな」 「うあーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」  ロアに続いて、ネロ・カオス轟沈。  どーでもいいが、この男の嗚咽する姿は果てしな く不気味悪い。だって体半分だし。  6/17でも——これでは、萌えないっ!  ……いや、萌えたくもないけど。 「……で、志貴。この負け犬どもをどうする?」 「どうすると言われても……」  実を言えば焼いて捨てたいが、残念ながら会場内 は火気厳禁だ。  ……って、今思い出したが、なんでこの二人が昼 間っから出歩いてるんだ? 「相変わらず想像力のないヤツだな、お前も」 「……想像力で何とかなる問題なのか?」 「ここはコミケ会場だぞ? 台風さえねじ曲げた意 志力があれば、太陽光線の一つや二つ、問題なく屈 折させられるに決まっているだろうが」 「なるほど、空想具現化とかいうやつか。アルクェ イドの必殺技のアレだな」  どっちかと言うと妄想具現化って感じだが。 「さすが最強の吸血鬼、オタク10万人分のパワー があるということか……」  感じ入ったように、しみじみと言うシキ。  なんか激しくイヤな感心のしかただ。  ……と。 「……ん、呼んだー?」 「呼んでない」  にょきっ、と何の前触れもなくアルクェイドが生 えてきた。 「生えて……って、わたし、タケノコ族じゃないっ てば」 「タケノコ族って、本気で何歳だ、お前は」 「え? はっぴゃくさい」  ……そー言えばそーだった。 「あ、遠野くん。こんな所にいたんですか?」 「兄さん、あまり勝手にうろうろしないで下さい。 探す方の身にもなって下さいな」  アルクェイドに続いて、シエル先輩と秋葉もぞろ ぞろと現れる。  ちなみに琥珀さんと翡翠はいない。多分、どこか その辺りの壁際にでも並んでいるんだろう。  いや、怖いから深くは追求しないけど。 「……秋葉。探したとか言う割に、両手に紙袋下げ てるのは何故だ」 「うっ!」  しかも、手提げ紐が切れそうなほどいっぱいに中 身が詰まってるし。 「こ、これは、その……社会勉強の一環ですっ!」  どんな社会なのか、それは。 「そういう兄さんこそ、こんな所で何をしてたんで すか!」 「いや、俺はシキとかカオスとかと会ったんで話を してただけだけど」 「え? じゃあ、ひょっとしてそこにうずくまって る変態コートって……」 「ああ、ネロ・カオスだ。その隣で悶えてるのがロ アで、こっちにいるのがシキ」 「あら、シキ兄さん。いたんですか? 全然気づき ませんでしたわ」 「秋葉ぁぁぁぁぁっ!?」  秋葉の心ない発言に、目の幅で涙を流すシキ。 「なんていうか、濃い面子ですねー」 「死徒二人に、殺人鬼二人だもんねー。危険人物死 天王って感じね」  俺も仲間扱いされてるっ!? 「どんな話をしてたんです?」 「えっと——」 「——裸白衣と裸コートの優劣についてだっ!」  がばあっ、と勢いよく立ち上がってシキが叫ぶ。  どうやら、秋葉の冷たい発言によるダメージから やっと回復したらしい。……そのまま死んでてくれ たら話は楽なのに。 「素肌の上に直接白衣と、素肌の上にコートだけ! このどちらがより素晴らしいかという問題について 議論していたんだ、コイツは!」 「違うっ! いや、違わないけど違う−−−っ!」  確かにそう言われてみると否定しきれんが、何か 違うぞその表現っ! 「——ちなみに俺は関わってないが!」  しかも自分だけ逃げるしっ!? 「遠野くん……とうとう、そういう趣味まで持ち出 したんですか……」  先輩の絶対零度の視線が俺を射抜く。 「志貴……」 「兄さん……」 「ち、違うっ! 俺は無実だ、信じてくれーっ!」  ——俺のっ!  俺の『普段は温厚だけど、実はちょっぴり危険な 吸血鬼ハンター』という素敵なセニョールとしての イメージがーーーっ!(錯乱気味) 「……そういうことなら、早く言ってくれればよか ったのに……」  ……へ?  今、何かおっしゃいましたか、秋葉さん? 「そうよねー。志貴ってば、変なところで奥手なん だから……」  あの……アルクェイドさん? 「遠野くんがそういう趣味なら……それは、恥ずか しくないって言ったら嘘になりますけど……」  ……シエル先輩? 「……けど、志貴さんってHのときは着たままの方 がいいんですよねー?」 「…………(赤面)」  いきなり湧いてきて、話をややこしくしないでく ださい、琥珀さん。  ……なんか、やけに嫌な予感がする。  何ていうか、この展開はまるでラ○ひなじゃ……  アレですか!? やっぱり遠野屋敷を旅館に改造 した挙げ句、タイトルも『ツキひめ』から『ツキひ な』とかに変わるのですかっ!? そして一話に一 回くらいのペースでアルクェイドに殴られねばなり ませんか俺ーーっ!? 愛し合う二人が埋葬機関に 入ると幸せになるのですかーっ!?(完全に錯乱中) 「そういう展開ならばヒロインの人数が不足だろう。 不肖ネロ・カオス、喫茶店のマスターを務めさせて いただこうっ!」 「謎の科学マニアなら任せていただきましょう…… まあ、錬金術ですけど」 「俺は……俺は年上の色気担当なのかーーっ!?」 「既に死んだ人たちは黙っててくださいっ!」 「ていうか、ロア! あなたもさっさと次に転生す るなり滅ぶなりして下さい! いつまでもビジュア ル系やってないで!」 「カオスなんてケダモノで十分よ! カメでも出し てなさい、カメ!」 「あははー、賑やかになりそうですねー」 「……姉さん、笑い事じゃないと思う。そもそもお 屋敷は土台から吹き飛んでるんだけど」  アルクェイドたちが騒いでいる声が、耳に聞こえ てくる。けれど——その声が、やけに遠い。  ……夢だ。  ……これは、きっと夢だ。こんな馬鹿げたことが 現実にあるはずがない。 「は、はは……」  ……そうだ、夢なんだ。 「ははははは……ははは……」  ……夢だ。  悪い夢だ。  夢なら——醒めなければならない。 「ははは、はは……はははははははははははははは ははははははははははははははははははははははは ははははははははははははははははははははははは ははははははははははははははははははははははは ははははははははははははははははははははははは ははははははははははははははははははははははは ははははははははははははははははははははははは ははははははははははははははははははははははは ははははははははははははははははははははははは ははははははははははははははははははははは!」  夢を終わらせるには——この祭を、終わらせれば いい。  俺はナイフを握りしめ、ゆっくりと眼鏡を外した。  数え切れないほどの『線』と『点』が見える。  その中で最も大きいものを探す。  この祭の、イベントの『極点』を刺せば——  ——全てが、終わる!  とすっ。  ……遠く、誰かの悲鳴が聞こえた。 「ああっ、Y代表ーーーーーーーーーーーーっ!」  :  :  :  ——かくして、俺はここにいる。  ヨーロッパ山中にある、アルクェイドの城。人も 訪れず、ご近所から『あの城が見える時には世界は 割と大ピンチだでやー』などと恐れられているこの 城は、俺のような逃亡者にとっては都合がいい。  遠野家爆破事件、Y代表殺害事件、その他諸々で 指名手配されまくっている俺にとっては。  ……ちなみに、俺の罪状の半分以上は琥珀さんに 押しつけられた代物だったりするのだが。遠野家焼 け跡から見つかった危険物やら毒物やらの不法所持 に関する罪だ。  ニュース中継で『あの方がそんなことを……信じ てたのに』とか言って泣く琥珀さんに殺意を覚えた のも無理はあるまい。  ……いつか必ず報復してやる。とりあえず尻とか で。 「遠野くーん、ごはんですよー」  階下から先輩の呼ぶ声がする。  そう言えば、今日の夕食当番は先輩だったっけ。 昼頃、山のようなカレーヨーグルトを抱えて帰って くる先輩の姿を目撃した気もするが……深くは追求 すまい。  考えても不幸になるだけだし。 「今いきますからー!」  俺、アルクェイド、シエル先輩、秋葉、翡翠、琥 珀さん、ネロ・カオス、ロア、シキ、(愛と執念で 蘇った)亡霊弓塚。あまりと言えばあまりに濃い面 子による共同生活だが……こういうのも、悪くはな い……のかもしれないと思わないこともないわけで はない可能性もないと言い切ることはできない。  とりあえず、そう信じておく。俺が首を括りたく ならないように。  ——ふと、窓を開けて月を見上げた。  空には、月が煌々と白く輝いている。  欠けたところなどない、見事な真円の月。  ——月蝕は、遠い。  ……ついでに、俺の幸福はもっと遠い。  プリーズカムバック、平凡な日々。 /END